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ブログ・お知らせ2023-04-10T12:57:05+09:00

4月 2025

酒乱とは

4月 25th, 2025|Uncategorized|

当時長女を授かり新居にて新生活を初めて慣れない事ばかりでした。その頃には実家に見切りをつけて飛び出して、他の医院でバイトという形でお世話になってましたが、なんせ教科書ばかり読んでたものですから頭でっかちで扱いづらかったと思います。そんな中僕には大きな問題がありました。「酔うとタチが悪い」そうです。酒乱の気がありました。とにかくお酒を浴びるように飲むので、記憶が無いなどしょっちゅうでした。二日酔いで仕事に行く事も多かったと思います。その時の妻のご両親には散々指摘をして頂いてましたが、自分自身はそんなに酷いと思っていない。気が付いて無い状況です。本当にタチが悪く直接暴力は振るわずとも暴言やら物に当たるという最低な人間でした。なぜそうなるのかはずっと後からわかるのですが、潜在意識の中に「怒りを肯定する」とインプットされている状態です。これを剥がすのは奇跡に近いものですが、そうならないように断酒という選択肢を取る方が多いと思います。大きな失敗は酒を飲んだ時で、次の日もモヤモヤして機嫌が悪いやら自己嫌悪やら精神面ではブレブレです。なんとか周りも我慢してましたが、それはもう腫れ物を触る扱いです。どれだけ人に迷惑をかけたでしょうか。 酒乱の人は常に「怒る」チャンスを探しています。相手に対してこれだったら絶対自分の方が正しいという視点から入ってしまいます。潜在意識では常に怒りたいので、酒が入るとそれが緩んで出ます。酒乱を治すには、酒を断つか、その潜在意識に自分が気がついて「怒りを肯定しない」と理解するかどちらかだと思います。前者は酒を飲まずとも潜在意識では常に怒りたい事は変わりません。後者は根本の解決なので酒を飲んでも暴れなくなりますが、後者の方が難しくなると思います。私は両方ともやりましたが、断酒しても怒りは消えませんでした。奇跡的に意識が変わり後者も体験できたという結果、酒を飲んでも暴れなくなりました。恥ずかしながらそういった人生も歩んでおります。「自分が絶対に正しいから俺の言うことを聞け」というのは本人の視点からしか見ていない妄想に過ぎないということです。それぞれの関わりがある中で自分の視点ほど当てにならない、いい加減なものは無いと自分でしっかり落とし込む事が大切だと今は感じて生きてます。なかなか難しいですが😓

長女を授かる

4月 19th, 2025|Uncategorized|

そんな時に当時お付き合いしていた女性に赤ちゃんができました。デキ婚ってやつですね。卒業して丁度一年くらいでしょうか、26歳の時でした。経済的にも不安がありましたが、奥様のお父さんお母さんにサポートしていただき、新居まで用意して頂きました。なんとありがたい事か。そのありがたい気持ちに当時はまだ気がついていないようでした。 結婚式も無事に挙げられ、それも全て奥様のお父さんの段取りであっという間に決めて頂きました。当日も盛大に大成功といった感じです。本当に何から何まで準備して頂きその感謝は今やっと心からできます。 なぜそうかと申しますと、当時、自分自身の感謝の気持ちが全く足りなかったという事です。 恥ずかしながら、当時は自分にできない事を人にやってもらった時は、感謝するという事が出来てませんでした。 「ありがとう」と素直に感謝するという単純な事が出来ないと絶対にトラブルを自分で招いて来ます。 人間は一人で生きておらず必ず何かと関わって生きてるはずです。人と人、動物、植物、太陽や月といった星々、空気、水など、微生物もそうです。見えなくてもそこに関係性は生まれています。 感謝とはそういった全ての自分を取り巻く環境に敬意を示し謙虚である心を持たせてくれます。 当時は自分のプライドが高くそんなの何年かすればいっぱい稼いでもっと広いとこに引っ越すぞなんて思ってたわけで、それはそれは貧しい心でした。 なので自分がこれから苦労して気がついていくようになりますが、その気持ちにちゃんと理解するにはその後20年くらいかかります。 続く

いらだつ心

4月 11th, 2025|Uncategorized|

家族から鬱病が出ましたが、義理の父はあまり気にかけないようでした。その事にも腹がたち、なんで何にもしないんだと当時は思ってしまってました。人が何か行動をしないのを見てイライラするという行為はいかにバカバカしい事だと今では分かっているつもりですが、当時はその事で僕が家族を振り回したかもしれません。特に普段から気遣うでもなくそうなった時だけ威勢よく騒ぎ立て、いつしか自分が全て正しいと思って自分の思い通りに動かない家族にまたイラだつという悪循環を作る。これでは物事は決して好転しないと思います。 母の知り合いの先生に言われた言葉は「あなたが母から離れなさい。」でした。 続く

鬱の母

4月 9th, 2025|Uncategorized|

当時はまさか母が鬱病になるなんてと驚きました。母はどちらかと言うと明るい性格で、趣味も社交ダンスや乗馬といった体を動かす事が好きなタイプです。お酒もよく飲み仕事もよくしました。「働かざる者食うべからず」なんてよく言ってましたが、まさに働かないクスリ中毒状態です。 鬱病は実はその何年か後に僕もかかるのですが、心の病気なんて言われてますが、僕は食事が脳にどれほどの影響を与えるかを今では知っているので、もうかからないと思います。 鬱病のやっかいな所は本人が自分で本当に治したいと思わない限り決して治らないと言うことです。どんな病気もそうですが、病気を言い訳にして生きてる限り決して治りません。 鬱病なんて架空の病気だくらい思って初めて良くなるものです。 母は今でも20年間近くクスリを飲んでます。クスリの後遺症で呂律が回ってません。 最近になって気がついたのは、母は本当に食べ物の好き嫌いが激しく情緒的で感情的な起伏が激しい人でした。こういう方は食生活を早いうちから矯正した方が良いかと今では思っております。 続く

その頃実家は

4月 8th, 2025|Uncategorized|

なんとか外の釜の飯にありついた私ですが、実家の歯科医院は相変わらずです。 最初の時と比べ特に変化はなく相変わらず母は虚な目をしてウロウロしてます。 気分が良いのか悪いのかもわからないただの怠け者のような振る舞いを見ているとイライラがつのっていた日々です。 いったいどうしてしまったのでしょう。 当時母はちょうど50歳でした。更年期が始まりかけて、母自身どうして良いかわからずただやる気の出ない毎日に母も苦しんでいたようです。 母の友人の先生にも相談し助けて頂いた記憶があります。 卒業し1年近く経過してますが、なんとか私と週に一回来ていただいてたバイトの先輩で診療する中、私のイライラがピークに達して自分がコントロールできなくなり母に辛く当たってしまいました。 真っ暗な部屋にこもって睡眠薬を毎日飲み続けていた母には伝わる訳もありません。 その時にやっと私は母が鬱病に苦しんでいる事に気がつきました。 この一年の母の振る舞いは鬱病によるものだと、ずっと気がついてあげられませんでした。[...]

奇跡到来

4月 7th, 2025|Uncategorized|

火曜日の見学が日常になった頃に院長先生がスタッフ全員の勉強会件ランチ会があるから先生もいかが?と誘っていただきました。もちろん即答です。断るはずがありません。 今思うと当時の僕は信じた人には従順に懐く傾向がありました。しかしその逆もしかり、自分が気に入らない人にはとことん突っぱねる性格も同時に存在してました。 今思えば、いい意味で自分を信じてるのですが、自身がなかったのでしょう。その心のギャップに苦労しました。 行動力があるようにも思われましたが、本人は怖くて仕方がない日常。まあ20代のバランスからすれば珍しく事では無いのですが、僕の場合はもうちょっと激しく、まるでジェットコースターのように気持ちが落ち着いてませんでした。まあそれはのちのち。 食事会の場で、田中先生から 「先生が一人退職するので、空きができたから河合先生勤めてみる?」 「はい!」 続く