運転の腕もメキメキ上がり、その他の業務はラスベガスとロサンゼルスで使う器具の運搬と整理。お金は全く無いので、住み込みで勉強させて頂いてましたので、寝る所と食事はご馳走になっておりました。その為なんでもやりました。子どもたちとも遊んだり、お手伝いさんのお手伝いをしたり笑。昔でいうところの丁稚奉公をアメリカでやってた訳です。ある日院長室に呼ばれ、インプラント指導するにあたり授業料が発生するとおっしゃって頂きました。おいくらですか?と聞いたら書面には200万ドルと書かれてました。
当時の金額で2000万円!これにはびっくりしました。そんなお金無いよ!
まあもう来てしまったし引くこともできないので、恐る恐るサインをしました。
ここから僕と師匠と奥様の長ーい関係がスタートしました。
